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マザー・テレサ 

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世界中の貧しい人、恵まれない人のためにその生涯を捧げたマザー・テレサ。カトリックの一修道女だった彼女が、なぜそこまでの想いに駆られたのかとても興味がありました。(オリビア・ハッセーの演技も見たかった)

与えられるより与えなさい。
愛されるより愛しなさい。
施されるより施しなさい。
それが神の御心なのです。

自分は美味しいものも食べず、化粧もお洒落もせず、なんの贅沢もせず、ただただ貧しい人々のために働いたマザー・テレサ。カルカッタの道端に倒れてる人々の姿に、苦悩するキリストの姿が重なってみえたのだという。彼女の行いの原点は、自分がイエス・キリストに仕える人間であるという強い自信と揺るがない信念があったからだったのです。敬虔な信者であっても、これほどそれを貫き通せる人はいないでしょう。
窮地に陥った時、彼女はひたすら祈ります。そして、彼女自身の身に危険が迫ったときは周りの人がマザーのために祈ります。その祈りが通じて事態が好転したとき、映画的に安易なのではなどと考える余地がないほど、観てる方も感動して胸が熱くなりました。信じることってすごいことなのかな。

物語は1946年からマザー・テレサが亡くなった1997年まで描かれてますが、やや駆け足の感も無きにしも非ず。ただ、その道のりは草の根運動から大きな事慈善活動になるまで、教会からの反対、地元住民の反発、役所の圧力、寄付金の疑惑と苦労の連続。

ノーベル賞の授賞式での言葉。「すべての命を守りましょう。子どもたちを守りましょう。生まれた時から臨終のときまで。でも、それが叶わない人もいるでしょう。そういう人は私に授けてください」
あの世界的な場で、そう言い切る姿には後光が差して見えました。

マザー・テレサを演じたオリビア・ハッセーは、まるでマザーが乗り移ったかのような渾身の演技でした。猫背がちな歩き方から、手の差し伸べ方、映像でみたマザー・テレサそのものでした。素に近いマザーを演じるためO・ハッセーも老け顔の特殊メイクはしててもほとんど素顔。なのに、志を持った目の輝きは、35年前のジュリエットを思い出させました。

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